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子供広場 河原遊び場 クリックすると拡大表示します。 河原遊び場
七条入り口広場。
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SLスチーム号北側通路
中央広場から芝生広場 七条入り口 東から見た芝生広場 河原遊び場 河原遊び場
☆ 梅小路公園 入園無料 ☆
open for 24 hours.24時間開園
昼食や夕食にどうぞ


みどりの相談所
相談日 毎週 水・金・日曜日
(年末年始の12月28日〜1月4日までは休み)
相談時間 AM:10時〜12時、AM1時〜4時
場所 梅小路公園内緑化協会事務所1F
電話番号 075−352−2518
(財)京都市都市緑化協会
朱雀の庭・いのちの森 入り口
朱雀の庭
いのちの森
有料:200円
AM9:00〜PM5:00
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チンチン電車
 明治28年から京都の町を走り、市民の愛されていたチンチン電車が公園内を走行しています。
営業日:土、日曜日と祝日(12月28日〜1月4日は休み)  営業時間:午前10時〜午後4時まで
乗車料金:一人300円
西八条第跡(にしはちじょうていあと)
 西八条第は八条亭とも呼ばれ、平安時代後期、平清盛が平安京の八条壬生に構えた六町を有する広大な邸宅で、仁安元年(1166)頃に造営されたとする。その跡地は下京区歓喜寺町・八条坊門町、南区八条坊門町・八条町に当たる。『平家物語』によると、清盛が邸内の庭に蓬(よもぎ)を植えたところから蓬壺とも呼ばれ、白拍子妓王・妓女や仏御前の物語もこの邸宅での話である。清盛は仁安2年(1167)に太政大臣の位を退いてから摂津福原(神戸市兵庫区)に居を移したが、妻の二位尼時子はここに住み、邸内に光明心院を営んでおり、また、清盛も入洛の折はこの邸宅を使用している。
 清盛は、安元3年(1177)6月の鹿ケ谷山荘事件の後、この邸宅でその処分を決めている。また『山槐記』によると、治承3年(1179)12月16日、高倉天皇中宮で、清盛の娘である建礼門院徳子が生んだ2歳の東宮(皇太子)言仁親王(後の安徳天皇)がこの西八条第に行啓し、清盛の終日微笑みを絶やさず、指を湿らし障子に穴をあけ、孫と戯れて感涙にむせんだとされる。
 治承5年(1181)閏2月4日に清盛は64歳で没し、その2日後、この低で火災が発生した。『平安物語』巻六によると「玉を磨き金銀をちりばめて作られたりし西八条殿、其夜、にはかに焼けぬ。・・放火とぞ聞こえし」と記され、大小50余りの建物が焼けたとされる。
 『玉葉』によると、のちに再建された建物も、寿永2年(1183)7月25日、平家の都落ちに際して自ら火が放たれ、邸宅は残すところなく灰燼に帰した。文治元年(1185)、壇ノ浦の合戦において安徳天皇は水死、平家はここに滅亡して、約四百年間続いた平安時代は終わりを告げる。
 西八条第跡の調査は、公園整備前の平成4・5年の春に行われ、柱跡や溝跡のほか、平安時代後期の土偶とともに焼土や炭化遺物も出土しており、西八条第で火災があったことを裏付けている。なお遺跡は盛土して保存されている。
駐車場「24時間利用できる有料駐車場」
料金 普通車2時間まで700円その後、1時間ごとに200円加算
大型車1日2500円
- 交通機関 -
徒歩
JR京都駅から
10分〜15分
京阪七条から
25分〜35分
阪急四条大宮から
20分〜30分
市バス
京都駅前
33:205:208系統
七条大宮
七条京阪前
206:208系統
七条大宮
四条大宮
18:71:206:207系統
七条大宮
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