東寺の弘法市


弘法さん・弘法市 「縁日」
 東寺では京都を代表する縁日(「弘法市」とか「弘法さん」の呼び名で親しまれている)が毎月21日に開催されています。この縁日は「大師御影供」の行事に参詣する参詣人をあてにした露店や行商人が集まり市をなしています。

 このような大きさの規模に成ったのは戦後で、昔は境内での縁日や物売りは許されていませんでした。 平安時代はこの東寺の周辺に竹藪が多く、東南の角を俗に”猫の曲り”と呼ばれ魔所の一つと言われ人が住みつきませんでした。東寺の西側に集中して人が住みつき、人が住んでいれば物品が必要とされ、物品を交換から販売し始めた事が市の起源と考えられます。東寺西門付近で出店・物売りが出ていたと推測され、それが東寺弘法市「縁日」の起源とも言われています。また、『東寺文庫・弘法さんの玉手箱』では「そもそも弘法市は、室町時代、南大門の前に一軒の”一服一銭の茶屋”ができたのがはじまりだといわれる。南大門前は、今でいう国道一号線、鳥羽・伏見へ抜ける道として、人通りが多く、ある日、一軒の茶屋ができる。団子とお茶でも出していたのだろう。すると人の流れが、ここで一時的に止まる。さて一服となるのだが、ここは弘法さんの寺、旅の安全を祈願してお参りでも、という衝動にかられる。
 時を同じくして、弘法大師の月命日の法要である御影供が始まる。法要には多くの人が来たはずである。一服一銭の茶屋一軒ではまかなうことが出来ない。そこで、もう一軒の店が出来る。弘法さんの信仰は年をおうごとに広まってゆく。そうして長い時間をかけて江戸時代には、今のような弘法市の形になったというのである。」とも書かれています。確定された文献が存在しない為、縁日がいつ始まったかは定かではありません。

 この縁日で売られている物は、植木から骨董品・陶器・衣服・食べ物と多種類の商品が売られ「ないものは無い」と言われるほど色々な物品が揃っています。
 弘法市は物品の種類でブロックに分かれています。植木は東寺の東側の大宮通りに露店が並び、骨董品は東寺の北西の洛南高校正門前付近、衣料品は東寺境内の食堂前付近と品種で売られている場所が違います。露店の百貨店と言う雰囲気です。
猫の曲りについて
 猫の曲りですが東南角(九条大宮付近)に昔は瓦でつくられた白虎の像が置いてあり、この白虎の顔が猫に似ていた事から猫の曲りと名前が付いたそうです。現代では呼ばれていません。

市の起源について
 地名学の吉田東伍氏が講演会の席上で「市ということは、物品の交易・人馬の交通に関係した地名でありまして、四方往来の四辻とか、あるいは向こうの山家と此方の海辺の行き合う場所に、山間の荷物と海辺の荷物を、そこで互に開き合って取り替えるという路の端に過ぎぬのであります。」と話されました。人が生きてゆく術の一つで、自然に始める事から起源の推測が不可能と言われています。
 私の子供の頃は、「ガマの油売り」や「バナナの叩き売り」といった光景も見られましたが、現代はフリーマーケット風の店が増え雰囲気も変わっています。


Copy Right(C) 2001-ALL TonkatsuIchiban All Rights Reserved.